関西支部について

関西支部の歩み

1950年代のTOPICS

関西支部設立

昭和24年3月、建設機械化協議会が東京において設立された。(翌25年(社)建設機械化協会、27年(社)日本建設機械化協会に改称)
その翌年、東京に続き大阪でも、機械化協会設立の気運が高まり、昭和25年4月、官公庁・機械メーカーなどが集い数回の準備会の後、同年7月17日近畿地方建設局会議室において、支部設立総会が挙行された。支部長には大阪大学教授末森猛雄氏が選出された。

1950年

(昭和25年)

社団法人日本建設機会化協会設立(S25.5)
協議会から公益法人となる

関西支部設立(S25.7)
会員数19社でスタート
大阪工作事務所内に併設

1951年

(昭和26年)

建設省建設機械化3ヵ年計画策定
ブルドーザBB型 モータグレーダGD型
建設機械の国産化が本格的になる

1958年

(昭和33年)

支部団体会員200社突破記念式典挙行

1959年

(昭和34年)

国産ブルドーザ技術検討会等が頻繁に開催される